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【Awich】プロフィールや過去・読み方を紹介!夫や娘・生い立ちまとめ

Awichは沖縄を代表するフィメールラッパーです。

2016年から活動を本格的にはじめ、一気にシーンのトップまで上り詰めました。

しかし、その間には旦那の死や音楽活動を本気で出来なかった期間もあり、人生は波乱万丈です。

この記事ではAwichの過去から現在に至るまで掘り下げて紹介していきます。

Awichのプロフィール

 

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MCネームAwich
本名浦崎亜希子
出身沖縄県那覇市
生年月日1986年12月16日
学歴インディアナポリス大学
所属YENTOWN
SNSTwitter / Instagram

Awichは1986年12月16日に沖縄県那覇市で誕生します。

幼少期から高校卒業後の18歳までは沖縄で過ごしています。

昭和薬科大学付属高校を卒業したのち、19歳でアメリカの大学に留学。

インディアナポリス大学で起業学について学びます。

日本に帰国後は、沖縄県で制作会社「CIPHER CITY」を立ち上げ活動。

2016年から本格的にラップ活動を再開しています。

Awichの読み方

Awichの読み方は「エイウィッチ」です。

よく「アウィチ」「アウィッチ」など、間違えて覚えている方も多数存在します。

Awichの名前の由来

Awichの名前の由来は本名の「亜希子」から来ています。

亜希子を1文字ずつ英語に分解して、

  • 「亜=亜細亜=Asia」
  • 「希=希望=Wish」
  • 「子=子ども=Child」

英語の頭文字を取って「Awich」となります。

Awichの最終学歴「インディアナポリス大学」とは

インディアナポリス大学はアメリカにある大学です。

大学では起業とマーケティングについて学び、マーケティングの博士号を取得して卒業しています。

Awichの過去・生い立ち

 

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Awichは沖縄で生まれ米軍基地が身近にある環境で育ちます。

自然とHIPHOPや英語に対して強いあこがれを持っていき、14歳の時に2PACのアルバムに衝撃を受けたようです。

いとこのお姉さんとレンタルショップに行き、目をつむってたまたま選んだ1枚が2PACの「All Eyez On Me」でした。

このアルバムは1996年発売でギャングスタラップ色が強いアルバムです。

英語へのあこがれ

言語が多く、表現を曖昧に出来る日本語に違和感を感じ、ストレートに言葉を伝える英語に憧れを持ったようです。

Awichは10歳から英語学習を始め、米軍基地の中で英語を教えてくれたのは韓国人だったそうです。

また、沖縄県北谷の米軍基地に一般人では入れないショッピングモールや遊ぶところがあり、そこに行ってみたい憧れもあったと語っています。

ラッパーとしての活動

Awichは9歳ですでにLyricを書き始めていたそうです。

14歳で2PACの「All Eyez On Me」を聞いた衝撃でラップをはじめ、音源制作開始。

17歳でMCバトルにも参戦。

19歳の時にはMCバトルに参加、更に音源もリリースし注目を集めました。

その後はアメリカに留学し、Lyricを書き溜める日々が続きます。

その後2016年にChaki Zuluと出会うまで本格的な活動を控えており、YEN TOWN加入後に全力で活動を再開しました。

2016年以降は世界からも注目される存在になり、アジア屈指のフィメールラッパーです。

Awichの未来年表

2003年Awichが作った未来年表
2003 1っ曲仕上げる
2004 アルバム「Asia wish children」をリリース 10万枚
2005 高校卒業 大学入学で起業学を専攻する
2006 アトランタでクラブデビュー 英語のRapを極める
2007 外国でコネを作りレコード会社に入る

上記は2003年以前に書いたとみられる未来年表です。

メジャーデビュー

2020年7月15日に発表された「Shook Shook」でユニバーサルミュージックからメジャーデビューしています。

起業家Awich

起業家としての一面を持っているAwichの活動を紹介します。

Awichは高校生の時から起業家セミナーに参加し、大学では実際に起業学について学んでいます。

アメリカから日本に帰国したAwichは製作会社「CIPHER CITY(サイファーシティ)」を立ち上げます。

会社の活動は沖縄の「地域資源」「土地」「人」「文化」「産物」を、アートやデザイン、コンテンツに活かしていくこと。

沖縄出身(ウチナンチュ)が地域資源に対し、誇りを持って作品を作ることをコンセプトとしています。

沖縄をレペゼンするという意味で本当に素晴らしい活動です。

以下はCIPHER CITYが作った映像で、Awichも出演しています。

短編映画「Aimer(アイメール)」では、脚本や演出もやっています。

また、098TVという沖縄ローカル番組のディレクター兼演者もしていた過去もあります。

この番組では2年間にわたり活躍し、立ち上げから関わっていた思いの強い番組だったのだと思います。

Awichの旦那や娘

Awichは19歳の時に旦那さんと出会います。

アメリカに渡り2ヵ月目の時、通学中に車から声をかけてきた内の1人が旦那さんです。

この時は学校に送ってもらい別れましたが、送ってもらう途中の会話でAwichがタトゥーデザインをしている事で話が盛り上がります。

後日タトゥーデザインを見せる約束をして会っていくうちに付き合っていったそうです。

結婚・妊娠したのは大学在学中だったそうで、トントン拍子に深い関係になっていったのかなと考えます。

しかし旦那は秘密が多く、ストリート育ちでプッシャーもしていたようです。(付き合っていた時は知らなかったそうです)

その為妊娠5か月目から出産3日前までは獄中生活で、出所三日で父に。

父になった後もストリートでの生き方しか知らなかった為、喧嘩も絶えなかったそうです。

Awichが日本で就職し家族で移住も考えたほどと語っています。

実際に日本での内定はあったそうですが、気持ちは変わって辞めたそうです。

旦那の死

Awichと旦那は喧嘩別れです。

ストリートで育った旦那は、何かのしがらみがあったのか「顔面と心臓」を近距離で撃たれ死亡しました。

喧嘩中で電話やメールも無視していたのですが、最後に送られて来たメールはとても重要です。

「I miss you and I love you,I hope everything is good with you」

Googleの直翻訳ですが、以下のようなニュアンスです。

「私はあなたがいなくて寂しいです、私はあなたを愛しています」

このメールの数時間後旦那は亡くなります。

火葬された遺灰は娘と無人島で散骨しています。

旦那の死については上記のMVや過去のインタビューを見て欲しいです。

Awichの娘

Awichの娘「Yomi Jah」はすでにアーティストです。

Awich同様、すでにLyricは書き始め音源まであります。

インスタグラムのフォロワーも5桁とかなり人気のインスタグラマーです。

Awichの母

那覇市織名にある「Cafe Cipher」は、Awichの母が退職したきっかけでプレゼントしたお店らしいです。

お店にはAwichの母が描いた絵などが飾られています。

Awichいわく人当たりは良くないらしいですが、料理の実力で人気があるようです。

AwichがYENTOWNに入ったきっかけ

旦那の死後、詩(Lyric)は書いても本格的な活動はしていなかったAwich。

音楽は好きだったが「もう遅いし、自分なんかダメだ」と思っていたそうです。

しかしイベントでChaki Zuluと出会い、「めっちゃいいよと、なんでやんないの?」と言われ本気で音楽活動を再開したそうです。

今まで同じような事は言われていたそうですが、お世辞だと思っており、Chaki Zuluに言われた時は響いたとか。

本格的な活動はしていなかったものの引き出しは増やし続けていたAwichなので、2017年以降の爆発力は納得できます。

まとめ

今回はAwichについて紹介しました。

人生の紆余曲折を乗り越え、ラッパーとして・人として・母として周りの人にパワーを与える女性だと思います。

過去辛い経験をした分、すごく努力をして現在の活躍があります。

将来を見据え努力している姿は、ファンとして人として凄く応援したくなりますし自分も頑張れますよね。

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