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【Chaki Zulu】のプロフィールや経歴・スタジオ・機材を紹介!YENTOWNのプロデューサー

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トラックメイカー、プロデューサーとして幅広い分野で活躍するChaki Zulu。

名前は聞いたことがなくても、彼の携わった楽曲を一度は耳にしてる方も多いと思います。

その活動はかなりのものですが、プライベートな部分は謎な所が多いです。

今回はそんなChaki Zuluさんについて調査してみました!

Chaki Zuluのプロフィール

名前Chaki Zulu(チャキ・ズールー)
出身地静岡県
生年不明
ユニットTHE LOWBROWS(ロウブロウズ)
所属YENTOWN(イエンタウン)

Cahki Zuluは静岡県出身のプロデューサー兼トラックメーカーです。

YENTOWNの中心人物として活躍しているChaki Zuluのプロフィールを紹介します。

Chaki Zuliの年齢

Chaki Zuluですが、歳について情報が出回ってませんでした。

映像ディレクターの木村太一さんが1987年生まれ、フィメールラッパーのAwichが1986年生まれですが、どちらもChaki Zuluのことを”Chakiさん”と呼んでいたため、Chaki Zuluの生まれはそれよりも前だと予想できます。

Chaki Zuluの出身地

出身地が静岡県となっていますが、過去に一度アメリカに渡り、諸事情によりすぐに帰ってきてそれからは東京で暮らしているそうです。

Chaki Zuluの彼女や奥さん

Chaki Zuluの奥さんや彼女に関する情報はありません。

名前の由来

Chaki Zuluと目にしても最初はなんと読むのかわからないですよね。

その名前の由来は、アフリカのズールー族です。

ヒップホップの創始者とも名高いアフリカ・バンバータがズールー族に感銘を受け1970年代から”ユニバーサル・ズールー・ネイション”というクルーで活動しだしました。

そこで、ズールー族の存在を知ったChaki Zuluやその仲間たち。

有名な民族ですが、ズールー族が1500人程度しかいなかった時代から10年ほどで50000人程まで勢力を伸ばしたのが、王のシャカ・ズールーです。

当時、Chaki Zuluはあだ名で”Chaki”と呼ばれていたそうですが、シャカと似ているので友人がチャキ・ズールーと呼び出したそうです。

それからそのまま名前を使ってChaki Zuluとしての活動をしているようですね。

プロデューサータグの言葉


Twitterで「夜中寝てた、Chaki Zulu」にしか聞こえないと話題になったChakiさんのプロデューサータグ。

実際は「You’re now connected to Chaki Zulu」です。

また同じくTwitterで話題となった「小豆すってりよ〜」ですが、

実際は「Husky Studio」です。

またChaki ZuluのプロデューサータグはAwichと娘の「Yomi Jah」の声が使われています。

スタジオのこだわり

 

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Chaki Zuluは自身のスタジオの内装にこだわりを持っています。

機材を選ぶときは基本黒であることが大前提なようで、スタジオの内装を黒に統一し始めてからやめられなくなってしまったと語っていました。

幼い頃に自身の部屋がなく、好きなものを買ってもらえなかったというコンプレックスがあり、友達の家を見ては「大人になったら絶対自分の部屋を好きなもので囲んでやる」と気持ちが強くなっていったそうです。

そんな背景があり、かなりビジュアルも凝っているスタジオになっています。

Chaki Zuluの使用機材

Chaki Zuluが使用している機材を一部紹介します。

キーボード

Native InstrumentsのKOMPLETE KONTROL Sシリーズを使用していています。

1台でなんでも出来るオールインワンな所が気に入っているそうです。

サンプラー

Native InstrumentsのMASCHINEを使用しています。

Chaki ZuluはMPCよりもMASCHINEの方がいいみたいですね。

Chaki Zuluの経歴

そんなChaki Zuluですが、過去にはDJとしても活動していました。

THE LOWBROWS

2005年頃に女性ミュージシャンのEmiとChaki ZuluでTHE LOWBROWSを結成。

スペースシャワーTVにより「SPACE SHOWER MUSIC VIDEO AWARDS 2010」でGROOVE VIDEO部門に輝いたりなど、かなりの注目を集めていました。

ですが、2014年頃からChaki ZuluはTHE LOWBROWSとしての活動を控えるようになります。

自分がステージに立って、自身の名前で音楽を出すことに抵抗を感じていたようです。

人前でDJをすることや自分に価値をつけることに限界を感じた時期があったと語っています。

それから一時期は音楽自体をやめることも視野に入れていた時期があったそうです。

現在はLOWBROWSとしての活動はしていませんが、解散したわけではなく、やりたいと思ったらまたやると言っていました。

YENTOWN

 

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そんな時期に出会ったのが現在のYENTOWNのリーダーであるJNKMN(ジャンクマン)です。

「ヒップホップつくってください」とJNKMNに声をかけられたChaki Zuluは当初作りたくないと思ったと語っていました。

元々、クラブでの関わりはあったそうですが、ラッパーと関わりたくないと固定観念がChaki Zuluにもあったようで、JNKMNとは挨拶程度だったそうです。

ですが、同じYENTOWNのメンバーであるPETZ(ペッツ)と仲良くしていたところから始まり、JNKMNとも徐々に関わるようになりました。

そこから遊び半分で作ってみたところ、面白く感じのめり込んでいったようですね。

今ではYENTOWNにとってChaki Zuluは欠かせない存在となっています。

HIPHOP以外の仕事も凄すぎるChaki Zulu

かなりの有名ラッパーの楽曲を手がけるChaki Zuluですが、彼がすごいのはヒップホップシーンだけではありません。

ロックミュージシャンである、 MIYAVI-雅-の世界デビューのアルバムをプロデュースしたのも、Chaki Zuluです。

その他にも、加藤ミリヤや山下智久などの有名人らの曲に携わったことも。

過去には2度もパリ・メンズ・コレクションにてサウンドプロデュースを担当しています。

そしてここ数年では、スケータースタイルを中心としたファッションブランド“Ollie”の表紙を飾っています。(2018年3月号)

自身がアーティストであるよりも、人を輝かせるような音を探すことが好きだというChaki Zuluですが、それを最大限に活かした仕事を数多くされています。

香取慎吾とも仕事

 

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Chaki Zuluは香取慎吾のアルバム「ニワニワイワイ」の楽曲「OKAY(feat.SALU)のプロデューサーを担当しています。

香取慎吾がラップに挑戦した楽曲ですが、ポップだけど落ち着いた雰囲気で普段ラップを聴かない人でも馴染みやすいです。

まとめ

仕事に対してかなりストイックなChaki Zuluですが、その熱意は人並み以上です。

一つのジャンルに絞られることなく振り幅無限のスタイルは、楽曲が公開されるたびにワクワクしますね。

プロデュースする人たちを最大限に光らせるChaki Zuluの手腕に今後も期待大です!

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