鬼は日本語ラップのクラシックである楽曲『小名浜』で知られるレジェンドラッパーです。
近年はMCバトルにも姿を見せ、レゲエシンガーCHEHONやバトルの強豪であるMU-TONとの激闘も話題になりました。
全身に入った刺青も含めてただならぬ雰囲気を醸し出している鬼ですが、これまで何度か消息を断ち、復活する度に存在感を示す謎の多い彼について、今回は迫って行きます。
鬼のプロフィール
MCネーム | 鬼 |
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本名 | 宇野憲佑 |
生年月日 | 1978年3月20日 |
出身 | 福島県いわき市小名浜 |
SNS | Twitter / Instagram |
生い立ち
福島県いわき市小名浜に生まれた鬼は、暴走族に属するなど紆余曲折を経て17歳に地元のクラブでヒップホップに触れます。
元々日本のヴィジュアル系バンド・BUCK−TICKなどのカバーをしていたそうですが、この時にMTVで見たパフ・ダディやメアリー・J・ブライジなどがバンド演奏でラップをしていたのがヒップホップに親しんだきっかけだと言います
詳しくは後ほど触れますが地元では暴力団の準構成員を経験、数度の少年院・刑務所を経て上京、当時MSCというクルーを率いて勢いに乗っていた漢 a.k.a GAMIのライブに向かい、
「俺、あんたに会いに来たんだよね」
と話しかけるなどして、現在でもよく知られる通り新宿・ゴールデン街を拠点にするようになります。
鬼のリリックの中にはドラッグや暴力を含めた反社会的な生活を描写する一方で、歌舞伎町を始めとした新宿の狂気を孕んだ華美さと福島県と言うの地方の漁師町で育った寂れた閉塞感を描写した曲が印象的で、彼の原体験が色濃く反映されたものだと言えるでしょう。
家族
日本語ラップの名曲としても知られる『小名浜』でも描写される通り、鬼の幼少期に両親は離婚し、母親に引き取られました。
都築響一氏の著書『ヒップホップの詩人たち』の中では「あれは何代目だ?」と笑いを交えながら語るように、鬼の母親は再婚が多かったようです。
また、小名浜で
「馬の骨の罵声はサディスティックだ/馬の暴力は虐待と化す」
とラップするように、4人目の継父とは反りが合わず実際に暴力を受けた事から中学生の時に父親のところへと移った模様で、鬼少年の非行が始まったのもこの頃からだそうです。
また3度目の服役を終えた現在は不明ですが、2011年にHMVのインタビューで語っている所によると娘がいるそうで既婚者という事が判明、性的に赤裸々な自身のリリックを
「流石に子供には聴かせらんないですよね(笑)」
と語っています。
鬼は生き様・私生活を音楽に落とし込むラッパーなので、家族の事も楽曲から垣間見ることが出来ます。
趣味
ゴールデン街を拠点にしている事やXでも酒の写真が多いことから伺えるように、とにかく酒が好きな模様です。
自身のレーベル『Drop Out Project Entertainment(略してD.O.P.E)』を主催する傍ら、自身も『Bar DOPE』を経営し、店に立つ事もあるそうです。
2023年現在は営業しているのか不明ですが、過去には輪入道や狐火と言ったポエトリーラップ出身の錚々たるメンツが二次会に使ったと言う記録も見られます。
また、『精神病質』のPV撮影に使われたバーも行きつけの店であるとD.O.P.EのHP内でも紹介する事から、相当な酒好きなのは間違いありません。
鬼の過去・経歴
ラッパーとしての経歴
人生で2度目の収監中に『鬼一家』名義でリリースしたアルバム『赤落』でデビュー、繰り返し名前が出てくる『小名浜』で幕を開けるアルバムはNORIKIYO、BES、punpeeと言った錚々たるメンツの起用も相まって必聴アルバムです、
この曲は後まで縁が続く名プロデューサー・I -DeAとのタッグを組んだ曲でもあり、アルバム中にはD-EARTHやK.E.Iと言った鬼一家のメンバーも光ります。
生々しい生活の描写を出鱈目な程に詩的なワードセンスで紡ぐスタイルはこの頃から確立された物です。
出所した2009年にはアルバム『獄窓』をリリースし、このアルバムは『精神病質』やBESを客演に迎えた『糸』が人気です。
当時既に日本語ラップ界でその存在を不動のものにしていた北海道の雄、THA BLUE HERBに真っ向から喧嘩を打った『ばちこい』が話題になり、この頃はインタビューでも堂々と同グループのMC・ILL-BOSSTINOを批判するなど曲も言動も一番尖っていた時期でもあります。
その後、3ピースバンド『ピンゾロ』でのリリースを挟んで発表された『湊(みなと)』を発表、このアルバムはトラックもジャズを基調にしたしっとりとしたものを含み、『またね』では内向的なポエトリーリーディングを聴かせるなど幅を見せています。
その後も『嗚咽』、『蛾』とリリースを続けますが、3年程の間が空き、2014年には突然のベストアルバム『あとがき』を発表、後に3度目の収監が発覚するこの期間を経て、『火宅の人』、『DOPE FILE』とコンスタントに作品を発表、またRYKEY(現DADDY DIRTY)のアルバムに参加するなど空白期間を取り戻すかのように活動を続けています。
デビュー曲
これまで数度名前が挙がっているデビュー曲『小名浜』は鬼の代表曲です。
福島県いわき市にある港町、小名浜から始まる鬼の半生を辿るこの曲はDV、刑務所、友人の死とスキャンダラスな内容を感傷的な言葉で綴る生々しさと美しさのバランスが秀逸です。
「旅打ちはまるで小名浜のカモメ/行ったり来たりが歩幅なのかもね」
と言ったパンチラインに代表される通り、若い鬼の不安定な心境や立ち位置、そして小名浜と言う荒んだ環境を見つめるどこか達観した視点から描写されるスケールの大きさがデビューアルバムの一曲目とは思えない完成度を見せます。
事件・逮捕
鬼はこれまでに3度の刑務所を経験しています。
1度目は傷害、2度目は覚醒剤ですが3度目の逮捕については詳細が語られていません。
アルバムタイトル『獄窓(ごくそ)』は監獄の窓から見える景色を意味する言葉であり、鬼の歌詞において不良としての人生や刑務所での経験も重要な要素です。
ラップスタイル
鬼は所謂リリシストと呼ばれ、そのスキャンダラスな半生を時には力強く、時には繊細な言葉を用いて歌い上げます。
また歌唱力も高い事から歌メロの強い曲も多く、アルバム『蛾』はほぼ全曲で女性アーティストをゲストに迎えるなど、楽曲性を重視している模様です。
漢 a.k.a GAMIのストレートに生活を描写するスタイルに影響を受けている鬼ですが、その語るような詩性は狐火や輪入道と言った語り口の強い所謂ポエトリーラップの原点とも言えます。
ちなみに『27才のリアル』で知られる狐火も鬼と同じく福島出身です。
所属しているレーベルやチーム
地元福島のラッパーやトラックメーカーを率いた『鬼一家』と言うクルーで自主レーベル『赤落プロダクション』からアルバムを出している事が有名ですが、赤落プロダクションの中に若き日の輪入道が所属しており、自伝『俺はやる』内で鬼一家時代の生活について語っています。
自伝のタイトルになった『俺はやる』の
「腹にマガジン巻いて東京で生きてた」
と言うリリックはこの時代の経験から来るものであると語っており、鬼一家は相当タフなクルーであった事が容易に想像できる物です。
現在では先ほど述べたように自主レーベル『D.O.P.E』を経営、主に自身の作品を発表しています。
最近の活動
コンスタントに作品を発表する傍ら神戸のラッパー小林勝行、サニーデイ・サービスの曽我部恵一らとライブで共演するなど精力的な活動を続ける鬼ですが、近年は2度ほどMCバトルに出場した事が大きな話題です。
音源で日本語ラップに伝説を築いた男がどんなフリースタイルを見せるのか話題になった2022年の『真ADRENALINE#2』ではMCバトルでも部類の強さを見せる大阪のレゲエアーティスト・CHEHON相手に初戦を迎え、言葉に詰まる事もありながらほぼ同時代に脚光を浴びたCHEHON相手に力強い言葉を連発、残念ながら敗退しましたがMCバトルでも存在感を示しています。
『戦国MC BATTLE』では仙台大会で現在MCバトルの強豪として有名なMU-TONと対戦、同郷の後輩であるMU-TONに敗北したものの、MU-TONが憧れであった鬼との対戦に涙を流すシーンは印象的なものです。
仲のいい人物
RYKEY DADDY DIRTYやBES、香川の仏師と言った多くのラッパーと客演をしている鬼ですが、直接的な関係の深い人物としてこの二人を紹介させていただきます。
漢 a.k.a GAMI
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ラッパーを目指した鬼が直接会いに出向いた事から交流が生まれたこの二人、共演自体は少ないものの現在でも漢が経営する9sari Cafeで泥酔する鬼の姿を漢がインスタに上げるなど、新宿が拠点の二人はプライベートでも交流があるそうです。
また、2022年には鬼が新曲を発表する際に9sari Officeからインタビューが公開され、制作中の鬼を漢が冷かして談笑する一幕も見ることが出来ます。
また、漢が一連の逮捕騒動の後に発表した『Do it till I die』のPVではサイファーに混じる姿が見ることが出来ます。
ちなみに初めて会った時、鬼は最前列で漢をずっと睨みつけており、漢はヤバい奴がいると思ったそうです。
輪入道
最強クラスのバトルMCとして名を馳せている輪入道は先ほど触れた通り、『赤落プロダクション』所属ラッパーの過去を持ち、鬼一家の末端として世話係をしていたと自伝で語っています。
現在でも交流があるらしく、輪入道の自伝『俺はやる』の出版に際して鬼はXで温かい言葉を送っています。
ちなみに、個人的に連絡先も交換しているらしく、鬼の経営する『Bar DOPE』に輪入道が訪れた際に鬼本人が当日出勤しているか連絡を取っていたと言うブログがあります。
鬼がMCバトルへの出場を継続したら、いつか鬼VS輪入道と言う日本語ラップの歴史を知るものにはたまらないカードが実現するかもしれません。
ちなみに輪入道が鬼のライブに集中するあまり最前列で首も振らずにまっすぐ睨んでいたそうで、かつて鬼が漢にした事が自分に帰って来ていますが、鬼はその際輪入道の胸ぐらを掴んだそうです。
また、MU-TON、BES、般若と言ったラッパーと曲を作っており、BESは鬼のPVに出演するなどラッパー間の交流は広い印象があります。
オススメの音源
『小名浜』で知られる鬼ですが、近年も素晴らしい曲をたくさんリリースしていますので、最近の活動から紹介していきたいと思います。
DEAR BROTHER
漢やSEEDAと言った名だたるラッパーをプロデュースした名トラックメーカー・I -DeAと久しぶりにタッグを組んだこの曲では、ベテランの域に達した鬼らしからぬフレッシュさを見せた一曲です。
インタビューで語るところでは亡くなった友人へ捧げた曲であり、鬼特有の哀愁を持ちながら生への力強い希望を見せる曲は濃厚な人生経験を持つ鬼ならではと言えます。
スイモク(feat K.E.I,安瀬まりな&地方妻)
艶やかなメロディセンスで大人の恋愛を歌い上げるこの曲は先述の小林勝行らのライブでも聴く事ができる、鬼の歌心と艶っぽい歌詞というハードなイメージに隠されたもう一つの魅力を堪能できる一曲です。
コンセプトアルバムを出すほど鬼と女性アーティストは相性が良く、鬼一家として苦楽を共にしたK.E.Iのラップもムーディです。
百合ヶ丘/DJ TO-SHIRO feat.鬼
新潟のトラックメーカー・DJ TO-SHIROに客演した鬼、この楽曲ではメロディとハードなリリックの両方を楽しむ事ができます。
日本的な音を使ったトラックに鬼の哀愁あるラップが非常にマッチしており、活動再会後の中でも指折りで鬼の魅力がよく引き出された曲です。
大ベテランでありながら製作を続け、MCバトルに出場など挑戦を続ける鬼は魅力に溢れています。
ハードな経歴ながらどこか気さくな性格も含め、多くのラッパーからリスペクトを集めている彼はまだまだ衰える事のない活動を期待できそうです。