どことなく落ち着くFlowと高いスキルが魅力のラッパー、RAU DEF。
かつて新人時代に突然ZEEBRAにbeefを仕掛け、一躍世間を騒がせることに。
その一件で一度はシーンから消えたものの、新しい姿で新たなスタートを切りました。
今回はそんな彼のプロフィールや、現在のZEEBRAとの関係を調べてみました!
また、彼と親交の深い「PUNPEE」、「SKY-HI」との関わりについても触れています!
RAUDEFのプロフィール
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MCネーム | RAU DEF(ラウ・デフ) |
---|---|
出身地 | 千葉県市川市 |
生年月日 | 1986年 |
所属 | DEF ROW |
SNS | Twitter / Instagram |
RAU DEFは1986年に千葉県市川市に生まれます。
RAU DEFの経歴
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HIP HOPとの出会い
小学6年生の頃、従兄弟の影響でhiphopを知ったRAU DEF。
中学時代から徐々にハマっていき、高校時代に彼女の兄がDJをしていたのがきっかけでラッパーとしての活動を始めたました。
彼女の兄にラップがしたいと伝えたら「じゃあこのトラックで16章節書いてきて」と言われたのが始まりです。
運動も勉強も出来なかったと語っており、ラップとの出会いが人生を変えたそうです。
BBOY-PARKでの衝撃
RAU DEFが認知されるキッカケになったのは「BBOY-PARK2009」のZORN戦です。
このバトルは延長にまでもつれ込み、予選にも関わらずベストバウトと言われています。
BBOY-PARK以前から知られた存在だった
ZORNとのバトル以前にもRAU DEFは知られた存在でした。
SEEDAとDJ ISOのミックスプロジェクト「CONCREATE GREEN」シリーズに採用され、業界では既にラップが上手い奴がいるとなっていたそうです。
ESCALATE発売
RAU DEFは2010年(20歳)にデビューアルバム「ESCALATE」(エスカレート)をリリースします。
当時”ヤバい若手” として話題になりました。
同年代のR-指定は、収録曲の「DREAM SKY」のMVが出た時「ヤられた」と感じたそうです。
ESCALATEの意味
ESCALATEに込められた意味は
良い意味でも悪い意味でもESCALATEしていっている自分の心境
だと語っています。
素行が悪い時期
2011年、ESCALATE発売の約一年後にヒップホップ界のレジェンド・Zeebraに突然Beefを仕掛けます。
このことが大きく話題になり、2012年RAU DEFは当時所属していたレーベル「SUMMIT」を脱退。
のちに新たなヒップホップグループを結成したりアルバムを発売したりと活動していますが、騒動のレッテルが貼られてしまい後ろ指を刺されながらの活動となったため一度はシーンから姿を消します。
復活
業界で居場所を無くしていたRAU DEFに救いの手を差し伸べたのが冒頭でも名前が上がった「SKY-HI」です。
2015年、RAU DEFはSKY-HIが主宰するレーベル「BULLMOOSE」に加入。
SKY-HIが「ESCALATEⅡ」の続編をやらないかと誘い、エグゼクティブプロデューサーにPUNPEEを加えて完成させます。
その後2017年からは毎年のようにアルバムを発表しています。
RAU DEFとZEEBRAの関係
Don’t miss it. pic.twitter.com/5px01IvmT8
— RAU DEF (@realalluniverse) July 17, 2017
2011年、RAU DEFが突如発表した楽曲「KILLIN EM!」
その内容はZeebraに対するDISが綴られたものでした。
HIPHOP界で知らない人はいない程の大物であるZeebraに喧嘩を売るとは到底真似できることではありません。
さらに世間を沸かせたのは大御所であるZEEBRAが、当時それほど有名ではなかったRAU DEFの宣戦布告に対しアンサー曲を出したことです。
世間の反応はというと、RAU DEFの度胸に対する称賛の声やラップスキルの高さを褒める声は少なく、Zeebraの完璧なまでの返しとしびれるパンチラインにリスナーが感化されZeebraの完全勝利となりました。
この一件でRAU DEFは「当時はどこへ行っても煙たい顔をされた」と語っています。
その後
騒動の後レーベルから脱退し、RAU DEFの名は一度消えますが、
2015年に「BULLMOOSE」に加入し、その2年後にかつて beefを起こしたZeebraの楽曲「SUPATECH」をリメイクした「HYPATECH」をリリースしたのです。
さらにそれだけでなく、MVのイントロ部分にZeebraに登場するようにお願いし、Zeebraもそれを承諾。
当時beefで物議を醸したRAU DEFとZeebraが肩を並べるという伝説の楽曲が完成しました。
この楽曲により2人は完全に和解したという形で幕を閉じましたが、
楽曲で始まったbeefは楽曲で終わらせるというRAU DEFの信念に脱帽ですね。
ZEEBRAにBeefを仕掛けた理由
ZEEBRAにBeefを仕掛けた理由は、当時イラついておりHIP HOPの動きをしたかったと語っています。
PUNPEEとの関係
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PUNPEEはRAU DEFが過去に所属していたレーベル「SUMMIT」のメンバーであり、RAU DEFの曲の多くをプロデュースするほか、客演として登場することも。
出会い
2人の始まりはというと、イベントにPUNPEEがメインDJで出演していたところにRAU DEFが「RAU DEFって言います。ラップやってます」と声をかけたところからみたいです。
今となっては「揃えば間違いなし」と評価を受けるほどのコンビですが、そんな場面から知り合ったと思うと何だかかわいいですね。
2人の関係
RAU DEFのデビューアルバムをプロデュースしたのもPUNPEEなわけですが、のちにRAU DEFがレーベルを抜けてしまいます。
そこから数年後に「BULLMOOSE」に加入するわけですが、紆余曲折を経て原点回帰という形で、前作「ESCALATE」に続きPUNPEEにプロデュースを直談判し「ESCALATE II」をリリース。
この中に収録されている「FREEZE!!! feat.Sugbebe」という曲が2人の友情が見える作品だと話題になっています。
「FREEZE!!! feat.Sugbebe」
一見悩める人たちを元気づけてくれるような曲になっていますが、リリックのひとつひとつを見てみるとふたりの想いが伺えるので、いくつか紹介します。
サビの
『 もしも君が胸のどこかにつっかえたものに怯えて
縮こまってるなら 宇宙から眺めてみればミクロな世間話さ 』
の部分では色々なことがあった彼が歌うと心に沁みるものがあります。
『 恩に着る 俺を支えてくれるteam 』
PUNPEEがプロデュースした楽曲をSKY-HI主宰のレーベルで出すにあたってこの詩は彼なりの感謝の気持ちが綴られています。
そしてPUNPEEのバースに
『 あのBEEFのときもビート使わせたけど
俺の名前は伏せさせた ごめん 』
という部分があります。
「あのBEEFのとき」とはZeebraとの騒動の時で、当時の騒動を知っていたらかなり衝撃の事実です。
それをあえて公言することにより2人の信頼関係が垣間見えます。
知らずして聞いても非常にいい歌ですが、背景を知りつつ聞くと思わず感動してしまいます。
まだ聞いたことない方は是非チェックしてみてください!
SKY-HIとの関係
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レーベルを脱退しその後のグループ活動なども中々うまくいかず、手詰まりであった彼を救ったのがSKY-HI(AAA日高光啓)でした。
SKY-HIはRAU DEFの地元の先輩であり、過去に3ON3MCバトルに2人で出場したこともある仲のようです。
当時RAU DEFから状況を聞いたSKY-HIは
「ちゃんとやる気があるなら全然一緒にやりたいと思ってる」
と話したそうで、自身主宰のレーベル「BULLMOOSE」に彼を加入させました。
その後曲をリリースしZeebraとの和解も実現し、見事HIPHOP界に返り咲きました。
ラジオで当時のことを
「彼のようなとにかくラップがうまい、といったフィジカルでの魅力があるラッパーはシーンにいるべきだと思う。」
と語っていましたが、
一度業界から煙たがられていたRAU DEFをもう一度戻すことは並大抵ではできないので、それをやってのけたSKY-HIはカッコいいです。
RAU DEF自身もSKY-HIについて
「俺のことを引き受けてもらった瞬間から日高くん(SKY-HI)は俺にとってのボス」
と尊敬を表しています。
これほどまでの話を聞くと彼が多方面で活躍しているのもうなずけますね。
まとめ
以上、RAU DEFについてまとめてみました。
beefの件で一時は騒がれましたが、RAU DEFのスキルが高かったからこそbeefに発展したのではと思います。
たくさんの人に支えられて新たなスタートをきったRAU DEFの今後の活動が楽しみです !