京都出身の期待のラッパーとして注目を集めるDaichi Yamamoto。
イギリスのロンドン芸術大学在学中に、Sound Cloud上に発表した音源が話題を呼び、更にEleking詩のインタビューで、Olive Oilが「好きなラッパー」として言及。注目が集まり始めました。
その後、プロアーティストとして活動を続けていくうちにSpotifyの「2020年、大きな飛躍が期待されるアーティスト10組」に選出され、更に直近では、「リポビタンD(八村塁出演)のCM曲」を提供し、日本国内では知名度急上昇中の存在となっています。
しかし、その勢いは国内だけにとどまらず、米国の大物ラッパー 「Lupe Fiasco」がMVをSNSで取り上げたり、オーストラリアで活動する「Hermitude」から誘いがあり、リミックスを行うなど、国内のみならず海外からも熱視線。
いまや今後の活躍に目が離せないスケールの大きさの人物になりました。
この記事では、そんなDaichi Yamamotoについて、調べてみました。
彼のこれまでの人生や活動について、紹介します。
Daichi Yamamotoのプロフィール
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MCネーム | Daichi Yamamoto |
---|---|
本名 | 山本大地 |
生年月日 | 1993年3月14日 |
出身 | 京都府 |
学歴 | ロンドン芸術大学 |
SNS | Twitter / Instagram |
名前の由来
Daichi Yamamotoは、本名をそのまま使っています。
漢字で書くと、「山本大地」。
外見は、ジャマイカ人である母親の「ジャマイカ色」が強く表れていますが、名前は、国籍を置く、日本人としての名前をもらっています。
誕生日
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Daichi Yamamotoは1993年3月14日生まれです。
彼女
Daichi Yamamotoは、彼女の情報は今のところありません。
優しい表情と性格に加えイギリスの大学を卒業している事から、国際的な交流も持つDaichi Yamamoto。
今後どのような女性と関係を築いていくのか、色々な意味で楽しみです。
家族
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家族構成は「父・母 ・兄・姉」の5人家族です。
父親は「ニック山本」で、日本最古の老舗クラブと名高い「京都メトロ」を経営しています。
Daichi Yamamoto自身もメトロでライブを行う事があり、京都での活動場所の一つとして利用しています。
父親は、息子であるDaichi Yamamotoが歌手として活動している事がうれしいらしく、よく周囲の人に「息子自慢」をしています。
母親はジャマイカ人で、Daichi Yamamotoは日本人の父親とのハーフです。
兄はDJをやっており、京都メトロで活動をしています。
姉もいるようですが、現時点で情報はありません
学歴
小学校1年生の時に1年間ほど、ジャマイカに住んでいたと語っています。
向こうでの生活は水が合わず、日本に戻ってきて生活を送り、地元の中学・高校を卒業しています。
大学入試に京都市立芸術大学に挑戦しますが、2回ほど受験に失敗してしまい、浪人生活。
そして、父親より「芸術で進学するんなら海外に行った方がいい」と勧められたこともあり、海外の大学へ進学する事を決意します。
アメリカ・オーストラリア・オランダ・イギリスと世界中の芸術大学を候補にあげますが、最終的には、様々な条件に当てはめて「消去法」でイギリスの「ロンドン芸術大学」に決めました。
ファッション
ドレッドヘアーを欠かさずキープしています。
ジャン=ミシェル・バスキアの影響と本人の口から語られています。
ファッションの着こなしには、あまりこだわりがないと語っていますが髪型については、こだわりを持っている様子です。
Daichi Yamamotoはこれといったファッションスタイルは確立しておらず、
少し控えめなストリート系の着こなしを見せています。
ライブ映像や、SNSなどによるプライベートの映像を見ても、派手な格好はしていません。
本人も「ファッションは結構疎くて、ブランドとかはあまり気にしていない」とインタビューで語っています。
しかし、周囲は均整の取れたスタイルを見逃さず、「Helly Hansen Formula」と「KANGOL」のルックモデルに抜擢されるなど、ファッション業界は彼に注目しています。
性格
非常に繊細な性格をしており、他人にすごく気を遣うタイプです。
他者とフィーチャリングしたりコラボする時には、合同で謳うシーンのみ「一緒に」行うそうです。
その理由は「何度も取り直しに付き合ってもらう事は相手の時間を奪う事になり、申し訳ないから」と語っています。
また、幼少の頃からジャマイカ色の強い容姿の事でからかわれる事があり、暴力をふっていた時期もあったと語っています
今では、甥っ子にぼこぼこにされても文句ひとつ言わない優しいお兄さんとして、可愛がっているようです。
とても優しい顔つきで、話し方にもその優しさが表れており、インタビュー動画などで会話しているシーンを見ると、とても優しい好青年の印象を持たせてくれます。
また、他にも映画に興味を持っており「映画が全ての集大成に近いもの」だと語っています。
将来は映画の世界に進出する野望を持っているのかもしれません。
趣味
Daichi Yamamotoが、これまで音楽と並んで人生で力をかけてきたものは「芸術」です。
昔から絵を掻いたりする事が好きだったようで、ロンドン芸術大学では「インタラクティブアート(観客参加型の芸術)」を学んでいます。
現在は音楽を優先させていて芸術活動はほぼ停止状態ですが、将来は芸術の知識を音楽にも生かしていきたいと語っています。
また、コーヒーが好きで、週に一回は必ず家の近くの「NuCup Koffee」というカフェに通っています。
他にもお酒も好きで、Twitterで
「飲酒ウォーキングにはまっており、ランニングシューズとスポーツウェアを着用し、3時間程度酒を飲みながら歩くのがポイント」
とユーモアあふれるツイートを披露していました。
Daichi Yamamotoの過去・経歴
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HIP HOPとの出会い
Daichi Yamamotoが中学生の頃に兄と姉がヒップホップを聞いていて、その影響でアメリカのヒップホップを聞くようになりました。
その時ヒップホップは魂の叫びという観点から、平和な日本のヒップホップに興味がわきませんでしたが、高校に進学し
「ヒップホップMCのShing02がMETROでライブを行っているのを観て衝撃を受け、日本のヒップホップに興味を持てるようになった」
と語っています。
ちなみに、父親がクラブのオーナーだった為、幼いころから音楽に触れ合う機会が多かったDaichi Yamamoto。
本格的に音楽に目覚めたのは、小学校6年生の時でした。
その時にはヒップホップだけでなく、レゲエ、ジャズ、ハウスミュージックと、多方にわたり興味を持っており特別ヒップホップが好きという感情はありませんでした。
ラップを始めたきっかけ
Daichi Yamamotoは、18歳くらいからラップを始めました。
音楽活動をしたいと考えていた時に兄がすでにDJとして活動中で、「兄弟で同じことをするの嫌だから」という理由で他の道を探します。
そんな中、父親のニック山本やよくMETROに通っていた、「瘋癲のB-BANDJ」に「DJが嫌ならラップやってみたら?」と言われ、ラッパーの道に絞る様になっていきました。
ラッパーとしての経歴
本格的に音源作成に取り組み始めたのは18歳の頃からで、ロンドン芸術大学に在学中の22歳の時に初めて「SoundCoud」に音源を載せました。
クラブへのデビューは、Daichi yamamoto が覚えている一番古い記憶では、「5歳くらいから、クラブに連れていかれていた」と語っています。
本人の物心がついた時の記憶が5歳くらいというわけですから、もしかしたらもっと幼い3歳くらいの時からクラブデビューしていたのかもしれませんね。
デビュー曲
Daichi Yamamotoのデビュー曲は「上海バンド」です。
「Jazzy sport」に所属後、2019年3月に第一作目としてリリースしています。
学生時代からSoundCloudで曲をリリースしたりなどしていましたが、レーベル所属後の正式なリリースは「上海バンド」という事から、上海バンドが彼のデビュー曲となります。
その後2019年9月には、17曲詰まった初のアルバム「Andless」をリリース。
現在までに「20曲」以上リリースしています。
事件・逮捕
逮捕歴はなし。
父親が地元で有名なクラブを経営している事もあって、小さいころから悪い事をやってはいけない自覚を持っていたと語っています。
ラップスタイル
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Daichi Yamamotoは「メロディー」に重点を置いており、1曲の中で声のトーンを変えたりなど個性を出すための工夫をしています。
リリックはかっこつけずに、英語よりも日本語を活かして素直に伝える事を重点において書いていると語っています。
総合的にラップだけにこだわらず、歌の要素もバランスよく取り入れていくことを常に考えて音源づくりに励んでいるそうです。
所属しているレーベルやチームなど
Daichi Yamamotoは、Jazzy Sportに所属しています。
2017年10月にイギリスから帰国後、就職するか迷っていた時に声をかけられ、歌手として活動していくことを決めました。
仲の良いアーティスト
Daichi Yamamotoはラッパー界だけではなく、音楽界で広い範囲で人脈を持っています。
プロピアニストのAI KUWABARAなど異色のアーティストともフィーチャリングしています。
完全無名時代の学生時代にラッパーのJJJとコンタクトを取り始め、フィーチャリング。
レーベル所属後も、Aaron Choulai、Kojoe、The Nostalgia Factoryともフィーチャリングしており、ラッパー界においても広い交流関係が築けている様子がわかります。
おすすめの音源
Daichi Yamamotoの代表曲はやはり「上海バンド」です。
デビュー曲である事と米国の大物ラッパー 「Lupe Fiasco」がMVをSNSで取り上げらたことで、海外含めDaichi Yamamotoの知名度の飛躍に一役買った事は間違いありません。
次におすすめの音源は「Let It Be Feat.Kid Fresino」です。
シンプルに2人のラップのレベルが圧倒的に高く、聞くファンを虜にしています。
曲調もかっこよく、ヒップホップファンの心を鷲掴みにして離さない作品に仕上がっています。
2019年12月にYouTubeにMVを投稿し、現在までにの再生回数が40万回に達しています。
ファンからは「この曲でこの再生回数は不可解」と言わせており、今後も伸びていくことが期待される曲です。
最後におすすめの音源は「She Ⅱ feat.JJJ」です。
学生時代、すでにラッパーとして活動していたJJJとフィーチャリングし「She feat.JJJ」をSoundCloudでリリースし、話題になりました。
Daichi Yamamotoは大学を卒業し帰国後、本格的にレーベル所属の「ラッパー」として活動を開始。
改めてリリースした曲が「She Ⅱ feat.JJJ」であり、曲調もリリックも一新されているが、曲の途中で「She」の歌詞で
「なぁDaichi いいテーマをくれた」
とJJJからDaichi Yamamotoに言葉を贈る演出があり、「She Ⅱ」では
「なぁJ いいテーマをくれた」
と今度はDaichi YamamotoからJJJに言葉を贈り返すという粋な演出があります。
まとめ
音楽に囲まれ、目立つ外見から差別を受けながらも、健やかに優しく育ち、今では国内外から注目・期待されるラッパーへと成長したDaichi Yamamotoは、今後誰も目が離せない存在へとなっていくことが予想されます。
音楽だけではなく、ファッション界からも注目を受けている事から、一体どのくらいのスケールになるのか、想像がつきませんが、これだけのポテンシャルを秘めるDaichi Yamamotoが、日本のラッパー界の代表として、君臨する日はそう遠くないかもしれません。