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【孫GONG】プロフィールや経歴・過去・嫁まとめ

孫GONGのプロフィール

 

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MCネーム孫GONG(ソン・ゴング)
本名川合 トシムネ
生年月日1987年5月1日
出身京都市伏見区棒鼻
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名前の由来

HIPHOPを始めるきっかけでもある地元の先輩ラッパーから名付けられた名前です。

地元のHIPHOPクルー“BACK BONE”であり地元の先輩であるKEYに”GONG”と名付けられGONGとしてラップを始めます。

その後、BACK BONEのボスラッパー夜千代から”孫”の名前を名付けられ、両方を合わせて “孫GONG”と名乗ってラッパー活動を始めます。

結婚

 

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奥さんのリリさんと男の子玄悟くんと、今2人目の子供を授かっています。

愛犬GIZUMO(ギズモ)と仲むつまじいショットをSNSでもアップしています。

家族

 

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両親と兄との4人家族で、祖父と祖母も一緒に暮らしていました。

父は京都の老舗ヤクザ川合組の組長で、母は厳しい人であり、600人の組員を取りまとめていた壮絶な家庭環境で育ちます。

父は仕事柄なのか、仲の良い北島三郎のライブに連れて行かれたり、仕事で元サッカー選手マラドーナに会ったりしています。

週に1、2回くらいしか家に帰ってこなかったですが、仲はとても良かったそうです。

早くに父はガンで中学3年生の時に亡くなります。

兄は15歳離れていて、ドラッグやシンナーに使用して何度も逮捕され、人生の半分以上は
刑務所にいる人です。

母からは適当にラップしていた時代にちゃんとしなさいとよく怒られていたそうです。

今では肩身の狭い思いはさせまいとタトゥーは回りから見えない所に彫るなど母親思いの一面も見せています。

ファッション

ジャパニーズマゲニーズ名義で自主制作ブランドを販売しています。

即完売したNIKE AIR FORCE 1 LOWのオリジナル限定デザインからパーカー、Tシャツや様々なグッズまで手掛けています。

サポートされているアパレルブランド”RAGGED”、”AND SUNS”、”SANCTUARY”を好んで着用しています。

HIPHOPファッションの定番でもあるオーストラリアのファッションブランド、”COOGI”も定番です。

タトゥー

 

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幼い頃から馴染みのあるお気に入りの彫師にデザインから全てお任せで彫っています。

彫師はほとんど大阪の愛彫と京都祗園のダルマだそうです。

彫師とはいつも意気投合し彫らせてくれと話が持ちかけられデザインからお任せで彫っています。

右肩には”背骨本舗(BACKBONE)”、左肩には孫悟空の敵の”牛魔王”を彫っています。

孫悟空は先に彫っていたからか、敵となる相手を身近に置くことで自分の身を守るという意味合いで牛魔王を彫っています。

趣味

小学校4年から野球を始めます。

高校は甲子園常連校、滋賀県の近江高校で野球をやっていました。

高校2年生で学校を退学し野球を辞めます。

孫GONGの過去・経歴

 

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少年時代

保育園の時に家で発砲事件があったり、世間とは普通に付き合うことができませんでした。

小学校に入学すると、保育園まで仲良かった15人ぐらいに呼び出されます。

「今日から親が川合と遊んではいけない」と言われて、皆がそうするならと暴力をふるって非行に走ってしまいます。

京都の教育委員会からは「2週間ケンカしなかったら賞状出します」みたいに言われるほどで、卒業アルバムに載ってる子達全員殴っていたそうです。

他にも団地燃やしたり車燃やしたり歯止めはききませんでした。

余計に孤立していましたが、小学校5年生ぐらいになった頃に回りに不良が増えて、小学校で一番悪かったので逆に周りが手の平返して不良になった子たちがついてくるようになります。

中学校はシンナー吸いながら新入生をいじめるような先輩ばかりいた学校でした。

ある日父親がロールスロイスで迎えに来て帰った次の日から先輩達が仲良くしてくれて
それからは不良グループの先輩たちと関わりあうようになります。

青春時代

15歳の頃に地元の先輩の影響でドラッグを始め手を染めるようになります。

先輩から「お前ん家で暴力団だから買えるんじゃない?」と話を持ちかけられます。

組員から父親に内緒で買うようになり、そこからどっぷりドラッグにハマってしまいます。

どんどんエスカレートしてしまって自身は売人をするようになります。

ドラッグからの脱却

21歳の頃に覚醒剤で56kgまでになってしまい辞めることを決意します。

母親は号泣するし、覚醒剤はもう辞めようと、滋賀県の山奥にある寮を借りて1人で覚醒剤を抜きにいくと言い山籠もりを決意します。

大麻200gとエリミンを100シートぐらい持って、ろうそくに火をつけて、毛布かぶって震えながら発作と戦っていました。

2年ほど絶った23歳の頃には覚醒剤を断ち、今でも辞めているそうです。

ラップを始めたきっかけ

16歳の頃から地元の先輩との出会いをきっかけにラップを始めます。

京都の暴走族の先輩が作っていたHIPHOPクルー、“BACK BONE(バックボーン)”のメンバーが働いている服屋で働き始め、先輩のフリースタイルラップに衝撃を受け、ラップを開始。

先輩との出会いは大きな出来事で、高校2年生の春にHIPHOPクルーGREAD、BACK BONEにも所属しているラッパーのKEYに出会い高校を辞めてHIPHOPにのめり込んでいきます。

ある日、ラッパーのKEYに「イベントで1曲歌わんかったら殺すぞ」と言われ、殺されたくない一心で初めてのライブに出演。

最初のライブで400人ぐらいのお客さんをロックできたことが忘れられず、「あの景色をもう1回見たい」となってライブをやり続けHIPHOPにのめり込んでいきます。

ラッパーとしての経歴

ラップを始めた当初はリュックサックひとつ持って夜行バスや電車を乗り継いで他県で売り込み活動を始めます。

全国のクラブを回ってオーガナイザーと仲良くなったり、DJブースに飛び込みでマイクジャックをやったり存在を売り込む日々を繰り返していました。

やりたいことをやるために、自分の街で毎日遊ぶのを我慢して週に1回地方に行った方が自分のためになるからと、精力的に活動していました。

その後メディアの出演により衝撃を放ったYouTubeチャンネル”ニートtokyo”で一気に注目を集めネットなどでも話題を集めます。

インパクトある回答と話し方に魅了され、動画の再生回数は200万回を超えるものもあるほどです。

その後も京都出身の注目株ラッパーとして、ABEMA TV”SMASH HIT”に高木完とタッグで出演し、対戦相手のACE1×CzTIGER組に勝利し優勝賞金100万円を獲得します。

楽曲制作以外の活動も積極的で、MCバトル”真 ADRENALINE ABEMAノ乱”に出場し、見事優勝。

バトル大会当日、他の出演ラッパーは楽屋で談笑するなどラフに出番待ちをしていましたが、孫GONGは本気で勝ちに言っていたため、挨拶をされても無視をするほどピリピリとした空気感を1人だけ放っていたようです。

デビュー曲

2015年8月にリリースされた”花火”で、ゲストにJAGGLA、紅桜を迎えています。

プロデュースはTEAM2MVCHです。

同世代3人が集まり、HIPHOPの要素と紅桜の歌謡曲風の歌声がミックスされ独特の空気感がオリジナリティ溢れるミッドテンポなHIPHOPチューンです。

事件・逮捕

15歳の頃に鑑別所に入ったことがあります。

警官を暴行してしまい捕まりました。

前科3犯で、傷害や罰金はありますが逮捕はされていないようです。

所属しているレーベルやチーム

地元のHIPHOPクルー”BACKBONE”、ラッパーISH-ONEのプロデューサーチーム”TEAM2MVC”、ラッパーJAGGLAとのユニット”ジャパニーズマゲニーズ”に所属しています。

BACKBONEのボスの夜千代に誘われ、ISH-ONEには何年も無償で全国ツアーに同行して、JAGGLAとは同世代で意気投合してクルーを結成しています。

特にジャパニーズマゲニーズとして多岐に渡り活動しています。

仲のいい人物

ISH-ONE

 

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自身も師匠と言わせるほどHIPHOPシーンの入り口となった存在です。

ISH-ONEのライブに全国自腹でついていって、もらった1分でライブをすることを何年もやりました。

ISH-ONEのプロデューサーチームTEAM2MVCと沢山の音源をリリースしています。

JAGGLA

 

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ジャパニーズマゲニーズの相棒として欠かせない人物です。

20歳で出会って、大阪にこんなにヤバイやつがいる!と、今でも1番のリスペクトできる存在です。

オススメの音源

ジャパニーズマゲニーズ / Smoke Like Dipset

2000年代にアメリカのHIPHOPシーンで大流行した”DIPLOMATS(ディプロマッツ)”にリスペクトを込めてリリースした楽曲です。

トラックもDIPLOMATSの楽曲を意識した作りになっています。

ジャパニーズマゲニーズのラップスタイルでもある大麻を主とした”ストーナーラップ”スタイルを披露したパーティーチューン的な作品です。

ありがとう

親への感謝をテーマに書き下ろした楽曲です。

事実をそのまま綴った壮絶な人生の内容です。

プロデュースはTEAM2MVCHです。

丁度良いくらいの低音に聴き心地の良いメロディが絶妙なバランスがナイストラックです。

まとめ

壮絶な人生を突き進む唯一無二の存在です。

音源を12ヶ月連続で配信リリースするなど音楽活動の勢いも止めることもなく京都のラッパーはANARCHYだけではないことを証明してくれました。

オリジナル要素はHIPHOPリスナーなら聞き逃せない絶対にチェックしとくべきラッパーです。

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ラップ&CBD
ラップ&CBD管理人。