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【ゆるふわギャング】NENEやRyugo Ishidaのプロフィールや過去・生い立ちを紹介

ゆるふわギャングは恋人同士のRyugo IshidaとNENEによるHIPHOPグループです。

2016年に結成され、初製作のPV「Fuckin’ Car」が海外でヒットし一躍人気に。

音楽以外にファッションでも注目を集めており、「Ollie」で表紙を飾ったことも。

今回はそんな2人のプロフィールや過去、ファッションなどを紹介します。

ゆるふわギャングとは

ゆるふわギャングは2016年に結成されたHIP HOPユニット。

クラブイベントで出会い、その後NENEからRyugoに共演のオファーを出して活動をスタート。

最初に2人で作った曲「Fuckin’ Car」は遊びに行った帰りの車中で作られた曲です。

後にAutmaticと3人で活動を始め現在の「ゆるふわギャング」の形に至ります。

名前の由来

ゆるふわギャングという名前の由来は、Ryugoのラップを聴いたNENEが「ゆるふわ」だと感じた事から。

また、Ryugoの壮絶な過去と互いのタトゥーを見て「ギャング」を合わせた「ゆるふわギャング」になった。

ゆるふわギャングのメンバー

ゆるふわギャングのメンバーは2人だと思いガチですが実は3人います。

  1. Ryugo Ishida
  2. NENE
  3. Automatic

1人1人のプロフィールと過去を紹介します。

Ryugo Ishida

MCネームRyugo Ishida
旧MCネームDUDE
本名石田りゅうご
出身茨城県土浦市
生年1993年
SNSTwitter / Instagram

1993年生まれの茨城県出身。

4人兄弟の長男です。

Ryugo Isidaの過去・生い立ち

Ryugoが小2の頃両親が離婚しています。

父親から虐待を受けており、離婚後は母親の元で育ったようです。

離婚後に父親と会ったのは1度きりで、虐待を受けたものの会えた事が嬉しかったと語っています。

その後父親は交通事故で亡くなり、実家に行った際に昔遊んでいたミニカーを発見。

虐待は受けたけど愛情もあったことに気づき後悔したそうです。

HIP HOPとの出会い

Ryugoがラップを始めたきっかけはZeebraの「Street Dreams」を見た事がきっかけです。

当時中学生だったのRyugoの環境は、新しい父親が借金を抱えて自殺しようとしたり、彼女がレイプされたりと酷いものだったそうです。

そんな中ZeebraきっかけでHIP HOPを知り、格好を真似たりライブに行き「HIP HOPの言葉の力」を体感。

「思ってる事全部言えるんだ」と思いラッパーを目指します。

20歳でお店をオープン

20歳の時地元土浦で「YBC」という古着屋をオープン。

開店資金は消費者金融で借りたそうです。

そこまでしてオープンした店も1年で閉店。

その後はBARで働きつつラップをしていたそうです。

初めての作品からデビューまで

Ryugo Ishidaが初めて作った楽曲はジブリの作品集のインストにラップをのせたものです。

初めてレコーディングしたのはDef Techの「Dear my friend」をビートジャックしたものでした。

これは当時孤児院に入っていた友人が親元に帰れるようになったことを記念して作られたようです。

高校1年から20歳過ぎまで毎偶数月に「Young Blood」というイベントを開催していました。

15,6人ほどの規模のクルーが自然と発生し、このクルーたちは「第4回9sari Station Champ」を獲得しています。

高校卒業後にゆるふわギャングのプロデューサーであるAutomaticと出会い、自分をプロデュースしてくれるように頼みました。

Automaticからアドバイスと楽曲提供を受けてトラップを練習し、フリーダウンロードのEP「1993」を半年に1回ずつ出しています。

2016年5月に1stアルバム「EverydayIsFlyday」を発売し、アルバム発売後からMCネームを「DUDE」から本名のRyugo Ishidaに変更しました。

NENE

MCネームNENE
旧MCネームSOPHIEE(ソフィー)
本名加藤あかね
生年月日1994年6月21日
出身東京都品川区
SNSTwitter / Instagram

1994年生まれの東京都出身。

2017年に「ソフィー」から「NENE」に改名しています。

NENEの過去・生い立ち

NENEにはギャングスタの兄と勉強の出来る妹がいます。

両親はNENEが中学生の時に離婚。

その頃からNENEは日本を出たいという強い願望を持っていました。

海外資金を集めるために中学時代から兄の友人が経営しているピザ屋でアルバイトをしています。

NENEが初めて世界旅行に行ったのは高校一年生の時で、行先はスペインに2週間滞在しました。

なぜスペインに行ったのかというと、目を閉じて世界旅行の本を開いたときに偶然スペインのページが出たからです。

NENEは海外旅行がきっかけで高校へ行くことよりも海外で遊ぶほうが面白いと考え、高校2年のときに学校を中退しました。

中退後すぐにニューヨーク旅行に出かけています。

HIP HOPとの出会い

NENEがヒップホップを聴くようになったのは高校2年のときです。

ギャングスタの兄の影響で15歳で六本木のクラブに出入りし、ドラッグを始めたNENE。

元々はレゲエを聴いていましたが、エミネムの「Without Me」や「Stan」に衝撃を受けてラップを始めます。

NENEのとDony Jointの関係

KANDYTOWNの「Dony Joint(ドニージョイント)」と結婚しており、子供もいたという噂があります。

この件は、過去にNENEがSNSにアップした写真が発見・拡散されて明らかになりました。

写真の中にはNENEが薬物でハイになっているところや、Donyと子供の3人で写っている写真もあるといわれています。

Automatic

名前Automatic
出身茨城県土浦市
SNSTwitter / Instagram

Automaticはゆるふわギャングのプロデューサー兼トラックメーカーを務める人物です。

さんぴん世代の人物なのでRyugoやNENEよりも年齢は一回り上だと思われます。

音楽活動は20代後半に子どもが出来た事を機に辞めていたそうです。

その後妻と離婚し、東日本大震災をキッカケに音楽を再開。

同時期にRyugoと出会いプロデュースを開始します。

ゆるふわギャングの結成時もAutomaticがEP作成の提案をした事が始まりです。

EPの制作はクラウドファンディングで資金を集め、目標金額20万で開始したが最終的には91万集めている。

話題が尽きないゆるふわギャングのファッション

 

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ゆるふわギャングはリリック以外にも、身体のタトゥーと独特なファッションで注目を集めいています。

世界的にも有名な日本のファッションブランド「BlackEyePatch」のポップアップストア「YURUFUWA GANG」でポスターモデルに起用されました。

ゆるふわギャングの2人を写真家の篠山紀信さんが撮影し、ニューヨーク一中にゆるふわギャングのポスターが貼り出されています。

ゆるふわギャングのおススメの音源

舐達麻の数ある音源の中から筆者おススメの音源を紹介します。

再生ボタンで視聴できます。

また、リンクはAppleMusicものです。

まとめ

ゆるふわギャングのプロフィールとメンバーのRyugo IshidaとNENEの過去、ファッションについてご紹介しました。

Ryugo IshidaとNENEはどちらも周りの影響でラップを始めています。

Ryugo Ishidaは父の事故死や養父の自殺未遂などを経験したことから、厭世観が高まりました。

NENEは中学時代から海外に興味があり、高校中退後はニューヨークに行っています。

ファッションブランド「BlackEyePatch」とのコラボも果たしたゆるふわギャングのリリックとファッションに注目です。

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